コーヒー屋になるまでの話。⑧

異業種へ転職。洗礼を受ける。

私はコーヒー屋を開業するためにふるさと札幌を離れて、福岡県糸島市という海が綺麗な福岡の片田舎へ移住をした。

2017年4月のことである。

糸島はここ数年、関東圏からの移住者が多く「住みたい街」として人気だ。また観光客も多いため田舎に似合わずおしゃれなカフェやパン屋さんの数が多い。

夫は糸島のとある飲食系の会社に就職した。おやすみは木曜だけ。これまで週休二日、しかも有給付きが当たり前だったからびっくりした。残業代なしというか残業という概念なし。定時がいつなのかみんな認識していないんじゃないかと思うくらい夜まで働く。

私は海辺のカフェでアルバイトすることにした。履歴書がいらないと言われてびっくりした。急にキッチンで使ってくれた。メモを取る暇もないくらい次々仕事がある。OJTなんてものじゃなかった。すぐに最前線で働く。入店してすぐにゴールデンウィークに突入。ものすごい忙しさ。そしてキッチンは暑い。福岡の5月はもう夏のようだった。人生で初めてアゴから汗が滴り落ちた。朝10時から夕方17時まで休憩なしで働く(もちろん食事もなし)。

この仕事の仕方はなんだ?

私も夫も、前職との差がすごすぎて、最初はついていけなかった。(夫は市役所、私はとある科学検査財団で働いていた。マニュアルやコンプライアンス大好きな職場だったのだ。)

仕事のマニュアルは?というか就業規則は?この会議の仕方はなんだ?

とにかくツッコミどころ満載でパニックだった。でも向こうから見たら私の方がツッコミどころ満載だったんだと思う。頭がカチカチで口は立つくせに、実際手を動かしたら何にもできない。

マニュアルが必要なほど従業員はいないし、就業規則がなくても信頼でやってきてるし、会議資料作っている暇があったら即実行して1円でも稼げという感じ。

こんな風に書くと、「そんなにいやなら元業種に戻れば?」と思われるかもしれないが、私はある意味感動していたのだ。

飲食店は「人」が作っている。

飲食で出会う人はみんなすごくいい人だった。

まず一緒に働く中で心底ムカつく人というのが基本出てこない。気持ちいい優しい人ばかりだった。

それにみんなお店のために、お客様のために真っ直ぐだった。どうしたらもっと良くなるかな?という話を臆せずにいつもしていた。

このお店を良くしたいという気持ちをいつもみんな持っていたし、持てなくなった人はすぐにやめていった。

お店にいる人がその店を作っている。すごくそう思えた。

当事者意識なく会社のコマとして働いていた私には感動体験だった。

この業界で私は何ができるのか。

この海辺のカフェで1年働いた。最終的にはとても好きな職場となったが、1年働いたら辞めると最初から宣言していたのだ。

飲食の業界に飛び込んで、この業界で生きていくならこの3つが強みになると思ったことがある。

①システムや法律に強い

私がアルバイト中に重宝してもらえたのは、手続きとか新しいシステムの導入とかに強いというところだった。

イベントに出たいけど保健所の手続きが面倒・・・とか、レジ締め作業に毎日時間がかかっている・・・とか。

保健所の申請は、マニュアル通りに書類を書けばいいだけだし、レジは自動集計システムのついている無料のレジアプリを使えば毎日伝票を数える必要はない。これらはアルバイト中に提案して実行した。

意外とそんなちょっとしたことに時間を取られている個人事業主は多い。この時間分私は別のことができるなと思った。

②お客さんだったころの自分がすぐそばにいる

私は30年以上お客さん側だった。

お店に来る人の気持ちがどんな風なのかいつも臨場感を持って想像できる。普段オフィス街で働く人たちが休日の海辺のカフェに求めるものはなんなのか。

その視点を忘れないでいることは、お店作りに役立つと思った。

③文章を書くことに抵抗がない

お店のSNSやHP、チラシなどの作成のために文章を書かなければならないことは多々ある。またメールでのお問い合わせ対応や、ネットショップで買ってくれた人へ同封する手紙など、飲食の仕事をしていてもこういった事務作業はついて回るのだ。

大した文章じゃなくていいのだが、これが苦手だとすごい重荷に感じてしまう。私は幸い文章を書くのが好きなのでサクサクできる。

個人でやられているお店のストーリーやコンセプトはすごく素敵なことが多い。でもそれをうまく発信できている人は少ない。すごく勿体無い。文章や写真などを何かの媒体に乗せてアピールするのが苦手な人が多いのだ。実際に行ってその人に合えば魅力が伝わるのに。

「その場で体験しないとわからない良さ」これも価値の一つだが、こんなにもインターネットで世界が繋がっているのに勿体無いなぁと思う。

私はこの辺うまくやれそうだと感じた。

洗礼が教えてくれたこと。

このアルバイト経験により、自分には何ができるのか、そして何ができないのかが明確になった。

私には料理はできない。カフェで出す料理なんてちょっと修行すればできるだろうと思っていた。でもできない。そもそも自分の作るものに満足できないし、毎日毎日買い物して仕込みをして提供して・・・想像よりすごく大変だ。そんなこと続けられない。それができるのは料理が好きで、料理で人を喜ばせたいと心から思っている人だということに本当の意味で気が付いた。

私には毎日休まず店を開けることはできない。お店で人を待ち続けるのはストレスだ。人がたくさん来たとしても、何人来るのかわからないお客様を毎日受け入れるのは大変だ。毎日開けることが大切ではない。ちゃんと稼ぐことを達成すればいいのだ。休みなくたくさん働くのが美徳な時代はもう終わりにしよう。

これらを踏まえて自分はどんな店を作るのか。夫婦2人でカフェをやるというのはとりあえず無し、というか無理だと思った。それがわかっただけでもここで働いてよかったと思った。

全ての経験は無駄にはならない。

お世話になった海辺のカフェは今でもお気に入りの大切なお店だ。

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